簡単に自己紹介をお願いいたします。
最初はアマナのカンプを作るチームがスタートでした。広告会社や制作プロダクションから作りたいビジュアルの相談を受けて、使えそうなストックフォトを探したり、プロップやモデルになる人を探したり…、それらを自分たちで撮影しPhotoshopで合成して、クオリティの高いカンプを作り上げていく仕事でした。企画が通れば社内の本制作のチームの方で、撮影やレタッチを請け負う、という流れで。あくまでカンプを作る仕事だったので、だんだんと本制作のほうに惹かれて本制作の部署へ移りました。
ある仕事で、僕がプレオペ(最終のあたりとなる合成をすること)をしたものをクリーチャーの栗山和弥さんがフィニッシュをするという案件があり、レタッチの立ち合いに同席させてもらえる機会がありました。
他のレタッチャー、しかも栗山さんの立ち合いを見る機会なんてほぼないので、外部の環境を見てとても刺激を受けました。
他の会社や異なる環境にも興味が湧き、2008年にPygmalion(GO-SEESレタッチ部門)の設立に参加しました。その後2016年に独立して、WENTZを立ち上げました。
現在はどのような機材で仕事をされていますか
Pygmalion時代に、自分で機材を揃えていたので、MacやPhotoshop、EIZO、ワコムのタブレット等は、そのまま持ってきている感じです。レタッチャーという職業でいうと、フォトグラファーがカメラやレンズを選ぶのと違って、機材の選択肢が極端に少ないですよね。
実は上野さんは、このインタビューの前にすでに「SW321C」を購入して使っておられました。どのような判断で購入に至ったのでしょうか。
EIZO以外でもカラマネモニターがちょこちょこ出てきているのは知っていて、BenQ製の27インチカラマネモニターがあることも知っていました。
かなり長くEIZOのCS2730(27インチ)を使っていて、そろそろ「買い替えのタイミング」だったんです。どうしようかな? と考えている時に、坂田さんがベンキューの「SW321C」の情報を呟いているのをTwitterで見て、これしかないと(笑)。
お役に立てたようで何よりです。
ずっと27インチを使っていましたが「モニターをもっと大きく使いたい」という思いが湧いてきて。その場合、「27インチ+小さなモニター」を付けてデュアルモニターにするか、もう一回り大きいものを買うか悩んでいるタイミングでした。
「SW321C」は、32インチで22.5万円前後、他社製で32インチクラスだと、キャリブレーションセンサー内蔵タイプで50万円を超えてくるものもあるので、コストパフォーマンスも魅力でした。
上野さんは発売前に「SW321C」をオーダーされていますが、日本では上から数番目くらいの早さだったそうです(笑)。
実はこの製品に合わせて、ワコムのタブレットも買い直したんです。大きなタイプは液晶しかなく、このXLサイズのタブレットも製造されていないようなので、オークションで落札しました。
SW321Cの大きさに近い大型のタブレットを使うことで、正面を向いたまま直感的に作業ができる。
レタッチャーの場合は、デュアルモニターにして片方にソフトのツールを表示される方もいます。上野さんは1台派なんですね。
昔はデュアルで仕事をしていましたが、いつからか1台派になっていました。デュアルにしてしまうと、タブレットとの位置関係のズレや、あと首を左右に振る動作が嫌で(笑)。
フォトグラファーは撮影現場がメインですが、レタッチャーは圧倒的にモニター前に座っている時間が長いですよね。僕の場合は、できるだけ体の移動を抑えて、1台のモニター内でレタッチ作業に集中したい派です。仕事の内容にもよると思いますが、僕の場合はレイヤーとツールを少しだけ、それも使いたい時にだけ表示させるので、ツールの表示面積はそれほど必要ないです。
たくさんカットを並べて見比べながらの作業もありますが、デュアルだと開いた時に右のツール側にも写真が並んでしまったり…。
やっぱり身体の移動が大きいかなと思ってしまう。モニター2台を一生懸命見ようとすると、猫背になっちゃうんですよ(笑)。1台の方が正面を見据えて俯瞰できるので、姿勢にも良い気がします。
3DCGを扱うソフトの場合は逆で、大抵のソフトは、様々なツールが一枚のアプリケーションフレームに収納されていて、同時にいろんなツールを使ったり、数値をいじったりすることの方が多いので、作業スペースも広くとりつつ、ツールがたくさん並べられた方が作業がはかどります。
印刷とWeb媒体では、色の仕上げを変えますか?
自分の仕事では意識することはあってもほぼ変えないです。CMYKで欲しいなど、そういうオーダーがある場合は別ですが、基本はAdobe RGBでビジュアルを作りAdobeRGBで納品しています。
DCI-P3などsRGBよりも色空間が広く、AdobeRGBに近い色空間を表示可能なデバイスもありますし、印刷用にCMYKで納品することも減りました。あくまで目標の色見本を僕の方で作って、印刷の方で色見本を再現していただく、という感じです。
明らかに印刷で出ないだろうなという色がある場合は、フォトグラファーやアートディレクターとどうするか相談しています。
32インチは面積が広いですが、色ムラについてはいかがですか。
僕はキャリブレーションには「i1スタジオ」を使っています。内蔵キャリブレーションが付いていても、前時代的かもしれませんが、本当に自動で補正できているのか心配になってしまうので…。
それよりも、その都度手動で外付けの測定器を使った方が安心できます。
キャリブレーションは、どのくらいの頻度でとられますか。
僕は「気になった時」という感じですね。決めているわけではないのでだいたい一月に一度くらいかな。4週間位でとることを推奨するメーカーは多いと思います。
ベンキュー純正のPalette Master Elementでキャリブレーションに実際にかかった時間を実際に測ってみました。
測定のタイミングなどに左右されるかもですが、パッチ小だとX-riteの純正のソフトとそれほど変わらないですね。
Palette Master Elementで測定すると、モニタのハード側に設定が保存できるので色温度別など切り替えが楽になります。
これはワコールの仕事です。ブラやボトムのスカートは実際に着用した人物を撮影していただいていて、そのポージングに合わせて、3DCGソフトで人物の体部分を制作しています。
肌にあたる部分に布地の素材をマッピングしたものをレンダリングして、ブラなどの生地でできた抜けのあるマネキンを再現してます。
「秘密のケンミンSHOW」のグラフィックは寿司ネタを46点制作して、撮影後にレタッチしています。
寿司ネタを変形させたり整えたり、こういう仕事もあるんですね。大変そうです。
この企画ではフードスタイリストの方が、ある程度のところまで道府県の形に切って作られていて、そこから最終的にレタッチで整えている感じですね。
こちらはWeb用に寿司ネタを動かせる様にというオーダーでしたので、寿司ネタ、寿司ネタの影、シャリ、シャリの影、は全て別になる形で最終的にレイヤーで納品しています。
上野さんの受ける仕事で多いのはどんなジャンルですか。
なんとなくですがプロダクトだけの案件が一番少ないかな。化粧品のみとか。それ以外は何でもオファーして頂いていますね。いまはコロナ禍なので、ストックフォトのビジュアルから調整して制作していくものもあります。
7月にオープンしたばかりの「カワスイ 川崎水族館」という、川崎市の水族館のグラフィックの仕事をしました。
アマゾンなど世界の水辺を再現した水族館です。
水族館の入居する商業施設の入口からエレベーターホールまで続く通路が、アマゾン川を俯瞰で再現したような長さが27メートルくらいあるビジュアルや、館内の壁に貼るグラフィック、電車の車体広告など、ビジュアル一式をお手伝いしています。
アマゾン川を俯瞰で撮影した元の写真から整えたり描いたりして仕上げていますが、このように撮影を想定していない案件をどのように進めていけばよいか、そこから相談されることもあります。
普段のレタッチ作業ではフードは使われますか。
あまりフードは使わないですね。部屋は暗めにしているのと、クライアントやフォトグラファーが立ち会って横で見ることもあるためです。このパネルは視野角が広く、斜めから見ても色味が変わらないので立会いがしやすいです。
モニターにはUSB Type-Cのポートがついていますが、使われていますか。
使っています。今は新しいMac ProをType-Cで接続し、旧型のMac Proはディスプレイポートで接続しています。あとプレステもHDMIで繋がっています(笑)。
実は、自宅ではBenQの24インチのゲーミングモニターZOWIE(ゾーイ)を使っているんです(笑)。
ゲーミングモニターのユーザーだったのですね。
自宅にはレタッチ用のMacとは別にゲーム専用のPCがあり、そちらにはゲーミングモニターZOWIE(ゾーイ)を使っています。144hz駆動なのでプレイ中の動きが滑らかなんです。
そういう意味では、もともとBenQユーザーですね(笑)。カラマネモニターでリフレッシュレートの速い製品を出して頂けるとモニターを分ける必要がなくなるので最高です。
「SW321C」はベンキューのカラマネ製品では、過去最高のクオリティと無反射のパネルだそうです。
わかります。自分の影が写らないですし、スマホのLEDライトを近づけても、正面に跳ね返ってこないので眩しくならない。この無反射感はすごくいいですね。作業しやすいし、目にも優しいです。
ホットキーパック(OSDコントローラー)は使われますか。
はい。使っています。カスタム設定で2台のMac Proの出力(モニター表示)を、このコントローラーに割り当てて切り替えています。キーボードとペンタブレットとマウスは、USBスイッチャーに繋いで、手動で切り替えています。
EIZOの場合は、モニター前面の物理ボタンで表示出力をローテーションさせていたのですが、ホットキーパックなら直接表示出力などを選ぶことができるので早いですね。
あとモニターの色味もホットキーパックのローテーションキーに登録して仕事に合わせて変えています。具体的には6500K、5000K等に設定しています。
上野さんにとってモニターは重要な道具ですか?
たまにゲーミングモニターで画像を見たりするのですが、シャープネスを上げていたりハードウェア的にもソフトウェア的にも色相などをいじっていて、ゲームをするには適した状態なのですが、写真を見るとものすごい状態なんです(笑)。「この状態で写真をいじっても意味ないな」っていう。
sRGB仕様のモニターや階調の表示が甘いモニターだと、トーンジャンプなどが画像自体にあるのか、モニター性能で出てしまっているのか判別できないこともあるので、モニターは重要だと痛感しています。
その点「SW321C」はAdobe RGBをほぼカバーしていますし、純正のキャリブレーションソフトでの色管理も便利です。色が管理できないと、精度の高い仕事はできないですし、ホットキーパック、Type-C、縦位置表示等、使い勝手のよさは、効率(スピード)に影響してきます。
製品の現物を見ないで、購入されたという話はあまり聞いたことがないです(笑)。
発表されたプレスリリースのスペックを見て「他社製品と遜色ないだろうな」という判断はしていました。「絶対32インチモニターにしたかった」ことも理由です。それとタブレットなども他社さんで良い商品が出てきているので、気になったものは手にしてみようと。
最近はyoutubeなどで製品レビューは色々ありますが、やっぱり自分で触って長期で使ってみないと良し悪しはわからないですよね。あとは単純に32インチでカラーマネージメントモニターの選択肢がほぼないので。
1台のモニターで作業をする上で、サイズは作業効率に大きく影響してきます。その意味で今回「SW321C」を購入してみて、とても満足しています。
仕事では何枚かの写真を比較しながら進めることが多いので、並べて見せられる面積が大きい方がいいです。印刷媒体では必ずプリントに出力して色を確認するのですが、その前段階でなるべく原寸に近い感覚で見られる方が完成度を上げやすいですね。
「32インチ・4Kカラマネモニター」で実勢価格が約22.5万円です。
フォトグラファーが使うデジタルカメラでは、ミドル機種くらいの価格ですよね。それで3年間の保証もあって、実際は最低でも4~5年は使うと思うので、減価償却で考えるとかなりお買い得だと思います。
モニターは長く使える製品ですが、とはいえ何があるかわからないじゃないですか。Macでも突然壊れることもあります。レタッチャーはカラマネモニターがないと仕事にならないので、有償とはいえセンドバックサポートがあるのは安心できます。
大きさに関しては、先ほどの話ではないですが、32インチモニターは使いやすいですが、「これ以上大きくなってもどうかな」というのもあります(笑)。40インチ以上って、もうテレビですよね。設置場所や視点の移動などを考えると、僕には32インチがベストバランスです。
「SW321C」には、専用のホコリや油脂を取り除くための専用ロールクリーナーが付属しています。逆にこれ以外は絶対に使用しないでほしいとのことです。
これはいいです! 今までのモニターでは、マイクロファイバークロスでホコリを拭いていました。このパネルはスーパーノングレアなので、専用のローラーがあると安心です。
フォトグラファーと立会いで、打ち合わせをしながら無意識に指で画面に触れてしまうことがあるんですよ。でもこのコロコロだけで指紋もとれるので、ありがたいです。これだけで単品でほしいですね(笑)。
最後にレタッチを生業とする上で、大切にしていることがあれば教えてください。
大げさなことは特に何もないですが、「急がば回れ」じゃないですけれど、基本的にはコツコツと積み上げる感じでしょうか。結局、地道にやった方が完成度も高く早く絵になる、ということの方が多いので。
案件によっては撮影がなく、支給素材や3Dを併用して作るものもあり、絵作りを任されていて最終的な着地点が自分の中でも見えづらいものもあるのですが、そういうビジュアルに関しては細かく積めずに、なるべく早く一定のクオリティのものをバリエーションなどで提案して方向性を仰ぐようにしています。
提案したものがアートディレクターやフォトグラファーが描いていた完成のイメージと早い段階で近いと、フィニッシュまでの作業時間が読めるようになりますし、提案した方向性が良いとされると嬉しいですよね。
特定のジャンルだけをやりたいという気持ちはなくて、プロダクトも人物も楽しんでやれれば、ジャンル的なこだわりはなくやっていきたい。後は、撮影前から参加できる仕事が増えるといいかな。
撮影した後では材料がフィックスしてしまっているので、撮影前にレタッチャーにも意見を聞いてもらえれば、撮影で「こんな風に撮ってもらえたらよかったな」ということもたまにあるので、効率と完成度の点でも、早い段階でお声をかけて頂けるとありがたいですね。
BenQ SW321C
主な仕様
32インチ 3840 x 2160 (4K UHD)の解像度
正確な色再現を可能にする「AQCOLOR」技術採用
Adobe RGB 99%, DCI-P3/Display P3 95%, sRGB/Rec.709 100%カバー
PANTONE/CalMAN認証取得
Palette Master Element(無料ダウンロード)によるハードウェアキャリブレーション
視野角(左右/上下)178°/178°
10bit(約10億7,000万色)カラーディスプレイ
HDR10 / HLG対応
遮光フード(縦・横)を標準装備