参加メンバー:ベッチャー 海(フォトレタッチャー)、瀧澤優理子(フォトレタッチャー)
Interview:坂田大作(SHOOTING編集長) Text:福田紀子 Photo:河野鉄平
海さんの経歴を教えてください。
海 大学在学中にレタッチに興味を持ち、3年生の時からインターンとしてここで働かせてもらっていました。卒業後はそのままアシスタントレタッチャーとして入社して、2〜3年ほどアシスタントとして経験を積んだ後、現在はレタッチャーとして人物写真をメインに仕事をしています。
瀧澤 海さんは大学では経済学を学ばれていたんですよね? レタッチに興味を持ったきっかけは何だったんですか?
海 在学中の8年程前は、Photoshopの存在は知っているけどレタッチの「レ」の字も知らない程度でした。今だと「SNOW」など誰でも簡単に写真加工できるアプリがあるので、顔を入れ替えた写真を見てもそんなに驚かないかもしれませんが、8年前はあまり馴染みがなくて、MacとPhotoshopを買って友達の写真を面白おかしく合成したり、サークルのイベントに参加できなかった友達の写真を集合写真に合成したりすると、友達がすごく喜んでくれたんですよね。それがものすごく嬉しくて、ネットやハウツー本を読みながら独学で写真編集を学び始めたことが最初のきっかけです。
人に喜んでもらえることで写真編集をますます楽しく感じるようになり、これを仕事につなげられないかなと考えた時に「レタッチャー」という職業を知って、「これだ!」と目指すことにしました。
実際にインターンとして働いてみてどうでしたか?
海 レタッチのやり方がまったく違ったので驚きました。今だからこそ言える話なのですが、僕、履歴書の顔写真を自分でレタッチしているんですよ(笑)。左右対称の顔立ちのほうが印象いいのかなって思って、右の顔を反転させて整えるくらいの浅い知識しかありませんでした(苦笑)。プロのレタッチ技術を間近で見ることができてすごく楽しかったですし、やりがいを感じました。
瀧澤さんの経歴について教えてください。
瀧澤 漠然とデザイナーになりたくて、美術専攻のある高校に通っていました。広告に興味があり、グラフィックデザイナーやアートディレクターになりたいと思っていた時期もありましたね。でも途中で写真を撮ることが好きな自分に気づいて、大学ではフォトグラファーを目指して写真学科に進むことにしました。
カメアシ(カメラマンのアシスタント)や写真系のギャラリーなどでも積極的にバイトしながら写真のことを学んでいったのですが、広告写真の撮影の現場に立ち会わせてもらった時に「レタッチャー」の方の仕事ぶりを拝見する機会があって、面白そうだなって思ったんです。実際に自分でやってみてもすごく楽しくて、高校生の頃の夢と大学生の頃の夢の間をいくような「レタッチャー」という職業に対して強く惹かれていきました。
海 瀧澤さん、大手化粧品会社でレタッチのバイトも経験しているんですよね。入社した段階からすでにレタッチ技術があったので、「え!? こんなにできるの?」とびっくりしたことを覚えています。
瀧澤 海さんにそう言ってもらえて嬉しいです!
レタッチャーとして心がけていること、大切にしていることを教えてください。
瀧澤 レタッチャーとしてきれいに上手に仕上げるというのは当然のことです。この当然のこと、プラス「上品さ」ということを心がけています。クライアント、デザイナー、フォトグラファーの意見を汲み取ることもレタッチャーとして当然のことですが、撮影の現場にいたタレント、ヘアメイク、スタイリストの方たち、全員の気持ちになってレタッチするようにしています。
作品に関わった方たちがどうしたら喜んでくれるか、作品を見た方たちにどうしたらもっとすてきだと思ってもらえるか。そういうことを考えながらレタッチしているので、作業中は無意識にタレントの方のポーズや表情を真似していると思います(笑)。
今はツールがデジタルに代わりましたが、やっていることは大学時代に暗室で手焼きしていたアナログ作業と変わらないなって思うんです。感覚的に手焼きでプリントを作っているような気持ちで今も絵づくりしていて、写真の空気感をより生かすことを大事にしたいと考えています。
海さんはどうですか?
海 僕はお客さまに対して誠心誠意対応させていただくことを常に心がけています。絵づくりの面はもちろんですが、仕事を受注してから納品するまでのプロセスの中で、関係者の方たちが気持ち良く作業できるように、メールの文面や進捗状況の報告など細かい部分まで気を配るようにしています。
経済学部出身なので、専門的に学んできたレタッチャーに比べると写真に対する造詣が浅いことが自分の弱い部分なのかなって思ってきました。だからこそ、例えば「もっと顔を小さく」などというような抽象的な表現に対して、たくさんある方法の中からこの方法を選んだ「理由」を言葉で明確に伝えられるようにしていきたいと考えています。「なぜこうしたのか」という根拠をお客さまにしっかりと伝えることが、アーティストではない自分としてはすごく大事なことなのかなって思うんです。
瀧澤 複数いる相手の意見を汲み取る力もレタッチャーに求められるスキルですよね。すべての意見を取り入れたら、相反するものもあるので大変なことになってしまいます。それぞれの意見を汲み取りつつ、時間内でより良いものに仕上げる。そこが難しいなっていつも思います。
BenQ初の32インチ4Kカラーマネジメントモニター「SW321C」を使ってもらいました。使用感など感想を教えてください。
海 32インチ、最高でした! 2年前にレビューさせていただいた「SW271」もムラがなくて非常に使いやすく、結局購入させていただきましたが、正直な話、その「SW271」とどれくらい違いがあるのかなって使用前は思っていました。実際に使ってみると、32インチのサイズ感がすごく良い! 表示サイズが708.48×398.52 mmとかなり大きいので、Photoshopを開きながら、データ整理するためのブラウズソフトやRAW現像ソフトを並べて表示したまま作業ができて、かなり作業効率が上がりました。
デュアルモニターにすると解決する問題ではあるのですが、モニターの色が微妙に異なったり、モニターの間に空間を挟むことによってペンタブレットのつなぎが悪くなったりと、どうしても小さなトラブルが起こりがちなんです。
ムラがない1枚のモニター上でデュアルモニターのような作業ができる。これはかなり画期的だなって思いました。実際、「SW321C」の前に座ることが楽しくて仕方なかったですね。
反射しないノングレアの新型「ARTパネル」はどうでしたか?
海 この新型パネルはまったく反射せず、付属のフードすらいらないんじゃないかなって思うほどでした。実際、弊社では薄暗い環境下で作業しているため、今回は僕も瀧澤も遮光フードは使っていません。スマートフォンのライトを「SW321C」に直接あててもほとんど映り込みがなくて、これなら目にも優しく、長時間モニターを見て作業するレタッチャーにはとてもありがたいです。
瀧澤 第一印象として「しっとりと上品に色再現するモニター」だなって思いました。紙とモニターってどうしても差が出てしまいますが、 「ARTパネル」は輝度を80カンデラくらいにすると紙との親和性が高くなって良かったです。
海 今まではモニターとプリントのギャップがどうしても大きかったために、必ず「プリント出力→確認→修正」を繰り返していました。「SW321C」なら32インチの大きさと4Kという繊細さで、プルーフの原寸サイズと紙に近い解像感で視認できます。プリント工程を減らせるため、作業の効率化やコスト削減につながると思います。
「SW321C」は視野角が上下178°/左右178°あります。
海 お客さまにどの位置からでも同じように見ていただけるので、これは仕事をする上でやりやすくなっていいなと思いました。
瀧澤 お客さま4人に立会っていただく際、「SW321C」だと少し離れたところからでもよく見えていいと評判でした。コロナ禍の現状を考えると、距離を保ったまま進行できるのはいいことだと思います。
Adobe RGB 99%、sRGB/Rec.709 100%、DCI-P3/Display P3 95%までカバーした色域の広さはどうでしたか?
瀧澤 他のモニターで作業した写真データを「SW321C」に表示させてみたら、他のモニターでは気づかなかった微妙なグラデーションのギャップがすぐにわかりました。階調がすごく広くて、特に暗部の描写がしっかり表現されていて印象的でした。
海 今回、「SW321C」のためにフォトグラファーの亀井隆司さんが撮りおろしてくださった作品をレタッチさせていただきました。すごく繊細な作品だったのですが、拡大しても光の線が溶けずに1本1本しっかりと再現されていて驚きました。光の線はシャープなのに、肌や唇の柔らかい質感までしっかり表現されています。顎先に回り込んだ光も暖色のグラデーションもすごくきれいで、レタッチが楽しかったです。
瀧澤 解像度の高いカメラで撮った写真を32インチもある高精細な4Kモニターに映すと、これだけ映えるんだなって感動しました。
海 僕らは「SW321C」で表示させることを前提にシャープネスなどを仕上げていったのですが、拡大表示してもすごくきれいで、このモニターの性能のすごさがよくわかりました。ただ、iPadなどで表示させるとギラつきが出て細部まで表現しきれていなかったので、読者の皆さんに「SW321C」のすごさを実際に見てもらえないのが少し残念です。
キャリブレーションはどのくらいの頻度でされていますか?
海 月1回くらいです。「SW321C」を実際に使わせていただく前にPalette Master Elementでキャリブレーションしたのですが、「SW271」の時よりも時間がかなり短縮されていて驚きました。エラーが出ることもなく、今回は1回でしっくりくる色になりました。
瀧澤 キャリブレーションの時間が長いと、特に忙しい時は負担に感じてしまいますが、「SW321C」は時間が短くてキャリブレーションが安定していたので、これなら負担に感じることなく色調整できていいと思います。
オートキャリブレーションを省いたことで価格を抑えているそうなのですが、オートキャリブレーションについてはどう思いますか?
瀧澤 オートキャリブレーションについてあまり考えたことがないくらいだったので、オートキャリブレーションをつけることで価格が上がるのであれば必要ないかなと思います。
海 オートキャリブレーションは手軽なので心の保険になります。しかし弊社では、より精度の高いセンサーを使用して定期的にキャリブレーションを行っているので、価格に反映されるのであればなくてもいいですよね。
AQCOLORシリーズは、3年保証と修理期間中に代替機が借りられる有料の「センドバックサポート」があります。
海 レタッチャーはモニターがないと仕事ができないので、こういうサポートを強化していただくことで安心して使い続けられていいと思います。
あと、レタッチャーと同じくらいモニターが必須のデザイナーの方も、安心して使えるサポート環境が整ったカラーマネジメントモニターがあるといいと思うんですよね。別々の場所でも同じ色を共有できたら、もっとスムーズに仕事をすることができるんじゃないかなって思うんです。
最近はリモートワークが普及して、各々の場所で色の確認をするフローが増えてきましたよね。
海 かなり増えてきました。ただ、先方のモニターの色域が狭くグラデーションが正確に表示できなくて、「階調のつながりを良くしてください」という指示がきてしまうことがあります。弊社の適切にカラーマネジメントされているモニターではしっかりとグラデーションは表示されているので、先方がどのように見えているかが把握できなくて困ってしまうことが多いです。
こういったトラブルを避けるためにも、デザイナーやクライアントの方たちにも適切なモニターを使用していただきたいと思います。
最近はWebの仕事も増えてきましたか?
瀧澤 すごく増えていて、WEBと紙媒体の両方という仕事も多いです。紙媒体用はAdobe RGBで、WEB用はsRGBで納品しています。
海 「SW321C」のホットキーパックG2(OSDコントローラー)を使えばAdobe RGBモードとsRGBモードを簡単に切り替えられるので、WEB用と紙媒体用の両方を納品する時にはかなり便利です。
瀧澤 Photoshopでもプロファイル変換することはできますが、何度も変換しているとエラーを起こす可能性もありますし、画像データにも良くないですよね。モードによって使えないレイヤーもありますし。
海 Adobe RGBで納品すべきところをsRGBのままで納品してしまった…などのような人為的ミスも起こしかねません。そういったミスを防ぐ上でも、モニター上でシミュレーションできたほうがリスク回避できていいですよね。
他に気に入った点はありますか?
海 地味な意見で申し訳ないのですが、モニターの後ろにある取っ手が「ちょっと横に移動させたい」という時にもすごく便利でした! あと台座がしっかりしているので、画面を上下左右に動かす時に安定感があって使い勝手が良かったです。
瀧澤 USB TypeCだったので、何にでもつないで表示させることができてすごく便利でした。あとは「キャリブレーションアラーム」機能もいいですね。メニューから設定することで、前回のキャリブレーションからの経過時間を教えてくれるので、忘れずにキャリブレーションをとることができました。
逆に気になった点はありますか?
海 「SW271」はべゼルが薄くてよりワイドに見えたことが印象的だったのですが、「SW321C」は太くなっています。いろいろな問題があってこの太さにしているのだと思いますが、32インチの大きさでベゼルが薄かったらもっと良くなると思うので、検討いただけたら嬉しいです!
確かにウルトラスリムベゼルになったらさらに良さそうですが、ユニフォミティの均一や筐体強度などの性能と価格のバランスを考えた上で、現状のベゼル幅を採用しているそうです。瀧澤さんはいかがですか?
瀧澤 「SW321C」は専用ロールクリーナーが付属されているくらいパネル表面が非常に繊細にできています。反射がないのはすごくありがたいのですが、取り扱いの際に緊張してしまいました。
今回ご協力いただいた亀井さんもおっしゃっていたのですが、フォトグラファーの方たちは持ち運ぶことが多いので、持ち運びしやすい専用ケースや、強度の高い別ラインのARTパネルモニターがあったら使い方の幅が広がっていいんじゃないかなと思いました。
海 僕のところに立ち会いに来てくれたフォトグラファーの方たちもみんな「SW321C」に興味を持たれていました。でもやっぱり持ち運びのことを気にされていたので、「専用ケースがあります!」となったら購入される方が増えるかもしれません。実際に使用すると手放したくなくなるほどすばらしいモンターなので、そういったものも検討していただきたいです。
最後に、レタッチャーを志す人へのアドバイスをお願いします。
瀧澤 フォトグラファー志望の頃は、誰が撮った写真なのかがパッと見てわかるような個性のあるフォトグラファーに憧れていました。でもレタッチャーはフォトグラファーに比べて個性を出すことは難しいと思います。だからと言って、レタッチャーなら誰でもいいわけでもない。じゃあ、どんなレタッチャーになりたいのかと考えた時、「瀧澤さんだからお願いしたい」と指名されるようなレタッチャーになりたいと思ってきました。
レタッチャーを目指している方たちも「自分の強み」や「得意なこと」を知り、確立していくことを大事にしてほしいですね。
海 プロのレタッチャーを目指すなら、やはりしっかりとカラーマネジメントができるモニターを使うことをおすすめします。レタッチャーは絵づくりだけでなく、画像データを正確に扱う必要があります。正確な色、精度の高い階調など、適切な環境を整えることは必須条件ですね。
BenQなら4万円台からハードウェアキャリブレーションができる写真編集用のカラーマネジメントモニターがあるので、若い方でも手が出しやすいと思います。レタッチ技術のスキルアップにも絶対につながるので、まずはヨドバシや銀一の店頭で実際に見てはいかがでしょうか。32インチのすごさも使ってみないとわからない部分があると思うので、ぜひ店頭ですごさを体感していただきたいですね。できれば「SW321C」用に撮りおろしていただいた亀井さんの作品を映し出した「SW321C」を見ていただきたいです。
BenQ SW321C
主な仕様
32インチ 3840×2160 (4K UHD)の解像度
正確な色再現を可能にする「AQCOLOR」技術採用
Adobe RGB 99%, DCI-P3/Display P3 95%, sRGB/Rec.709 100%カバー
PANTONE/CalMAN認証取得
Palette Master Element(無料ダウンロード)によるハードウェアキャリブレーション
視野角(左右/上下)178°/178°
10bit(約10億7,000万色)カラーディスプレイ
HDR10 / HLG対応
遮光フード(縦・横)を標準装備
ベッチャー 海/フォトレタッチャー
経済学学士号の取得に励みながらデジタルフォトレタッチを独学で学ぶ。
大学を卒業後に“株式会社イイノ・メディアプロ”へ入社。
主に人物写真のファッションや広告のレタッチに従事。
CP+2019 BenQ Corporationブースにてレタッチテクニックの講演。
フォトレタッチ技術の研究はもちろん、心理カウンセラーの資格取得も目指した思慮深いホスピタリティに定評がある。
犬とガジェットが好き。
瀧澤優理子/フォトレタッチャー
1995年生まれ 神奈川県出身。
生来の豊富な美意識と好奇心からカメラやアートを学ぶ。
東京工芸大学 芸術学部写真学科 卒業。
株式会社イイノ・メディアプロ入社。
明確な目的意識と独特な観察眼から生まれる作品は、次世代を担うレタッチャーとして期待が寄せられている。
仕事終わりに韓国ドラマを観ながら、ビールを飲むのが最近の楽しみ。
イイノ・メディアプロ http://iinomediapro.com/
写真(作品)提供:
亀井隆司/フォトグラファー
1997年 渡英。
London College of Fashion卒業。
Nick Knightのアシスタントを経験。
2013年 NYで活動。
2015年 帰国。東京をベースにファッション、音楽、広告,movieの分野を中心に活動中。
www.takashikamei.com