キヤノンギャラリー50周年企画展の第5弾として開催される柿本ケンサク展覧会「As is」。柿本氏が作品に込めた思い、また写真や映像表現における「現在と未来」についてどのように捉えているのか。AIも積極的に作品制作に活用している柿本氏に、展示について、またAIを含めたこれからの表現の可能性を訊いた。
Interview:坂田大作(SHOOTING編集長)
坂田 今回、キヤノンギャラリーが開設50周年ということで、その企画展第5弾として柿本さんの「As is」(ありのまま、あるがまま)展が開かれます。まずこの展示のコンセプトを教えてください。
柿本 キヤノンギャラリーの展示は、これまでは銀座のみとか、品川のみとか個別に企画されることが多かったと聞いています。「50周年企画展」ということもあり、キヤノンギャラリーS、キヤノンギャラリー銀座、大阪と、3か所で展示できるということで、非常に光栄なお話として、受けました。
写真(作品)を発表したのが2016年の「Translator」からで、内容は自分が世界中を移動している中で切り取ったものからの抽出でした。普段仕事でしている演出のようなものではなく“ランドスケープを切り取っていく”というシリーズは今も続けています。
一方でコマーシャル(以下CM)やミュージックビデオ(以下MV)は、世界感を作り込んでいくものなので、振り子でいう真逆のような位置にありました。
自分の心の中のフィルターというか琴線に触れたものを撮っていくシリーズと、広告の仕事はそれぞれ変わらず続けていて、写真の展示もAIを使ったものや、「Trimming」シリーズとか、いくつか自分のベンチマークになるような作品を発表してきました。
映像の方は元々20歳の頃から映画というか物語を作りたくてこの世界に入り、CMやMVを作ってきて、そこからちょうど20年。また映画やドラマの仕事が増えてきています。
広告では演出するものと、そこから敢えて演出しないような仕事があります。また写真はあるがままのランドスケープを撮った「Translator」と、そこから少しコンセプトを立てて踏み込んでいく写真を撮っています。
ドラマや映画はキャラクター設定をして、内面に踏み込んでいく。その映像での手法と写真制作の考え方、お互いが近づいていく中で、20年かけて「ちょうど重なってきた感」があったんです。
「広告だから」「映画だから」「写真だから」というセオリーを意識する世の中ではなくなってきたのが、今な感じがしているんです。仕事とパーソナルワークの考え方を意識して分ける必要はないのかなと。なので、展示のタイトルも「As is」(ありのまま、あるがまま)にしました。
坂田 膨大に撮り溜めた写真があると思うのですが、その中でこの3か所で展開する上で、どのような形で振り分けされているのですか。
柿本 品川のキヤノンギャラリーSが基本的にはメインの構成になります。そこでは新しく今年撮ったものや、プラスしてAIを使った作品を展示します。品川は9割が新作です。
キヤノンギャラリー銀座では、昨年京都の清水寺で展示した「TIME-音羽山清水寺」という作品があって、それは関西方面でしか展示をしていなかったので、清水寺で展示したものを中心に構成していきます。
清水寺では事前に見本的に撮ったものはあまり見せていなかったので、お寺で展示した作品を中心に「和」をテーマにしたものを色々出します。
キヤノンギャラリー大阪は、「過去の自分のヒストリー」的なもの、関東で発表してきたものを関西に持っていく、というイメージです。
坂田 それぞれのギャラリーで違う展示が楽しめる、ということですね。
柿本 そうです。それとキヤノンギャラリーSでは、映像作品「en」も展示します。
坂田 映像はどういう内容ですか。
柿本 上映時間が50分くらいで、音楽を小林武史さん、コピーライティングをOOAA代表の大木秀晃さんが担当されました。この尺の7割位はAIで映像を生成しています。
坂田 そうなんですね。
柿本 この分数の尺をAIで作っているのは、なかなかすごいと思います。今は「AIで作りました」という広告もありますが、基礎をAIで作ってあとはCGでキレイにまとめている印象があります。この映像は今オープンになっているAIの先端だと思っています。
もちろん開発者の方や企業の中で、世の中に出していないような技術はたくさんあるとは思いますが、そういう情報も集めつつ、この映像には自分たちで開発したAIを使っています。
おそらくもう少し経つと、AIでの出力がキレイに出来過ぎてしまう。もうリアルもバーチャルもないくらいに。そこに行き着く前の、少し変な感じや粗い感じの“味”は、今しかか出せないものだと思います。
坂田 AIに作成させる手順は具体的にどのようにされるのですか? ベースの映像を先に読み込ませるのでしょうか。
柿本 そうです。AIに勉強をさせます。ただ色々な方法を駆使してやっています。ある部分はベースになる映像を読み込ませて作るパターン。一から文字、プロンプトで作るパターン、静止画をAIで作成してそこから動きをつけるパターン、また絵コンテのようなものから作り上げていくパターンなど、様々あります。
話が逸れますが、8月に「トノムラ」というショートムービーを公開しました、あれは同じAIのチームで制作しているのですが、今までは人や動物を認識するという技術はあったと思いますが、あの映像ではモノ。椅子だったりペットボトルだったり、それを「時間軸の中でひたすらマスクとして抜いていく」という手法を開発して、この映像に取り入れています。
TONOMURA トノムラ
坂田 映像を拝見しましたが、実は少しわかりにくくて(苦笑)。
柿本 ある部分を10分間、ずっとマスクを切り続けているんです。10分かけてそこが少しずつ変化しています。
ただこの作業を人がやるとすると、ものすごく膨大な時間が必要になります。しかもそんな作業って、やりたくないじゃないですか(笑)。
坂田 1秒で24コマあるので、それを10分の量を人がやると気が遠くなりそう。
柿本 そうです。なので、AIで出来るように開発しました。
AIはクリエイティブにどう影響していくのか
坂田 いまはCHAT GPT、AI生成画像やモデルなど、AIの話題が続いています。柿本さんは積極的にAIを表現の中に活用されているイメージがありますが、制作においてAI活用、AI表現をどのように捉えていますか。
柿本 偶然性というか、自分が出会っていないとか、自分の頭の中にないものを発見できるのがすごく面白いと思っています。
あと最終的なゴールにいくまでのアプローチの時間がかなり短縮できる。キヤノンギャラリーSで上映する50分の映像も、これをAIを使わずに人が作るとすると、莫大な予算と人数が必要なんですけど、AIを使うことでコストも時間も短縮できる。そういうパフォーマンスを上げられるのもメリットです。
みんなが「CHAT GPTを使ってプレゼン資料を作る」ことの映像版のような考えです。あくまでのプレゼンまでの段階の話で、完成系になるのはまた違う話です。ただ今回のような抽象的な表現の場合は、過程を出す(見せる)ことも、人類の成長とか、文明の発展のようなことを逆手にとって、表現の一部として利用することも面白いと考えています。
坂田 企業秘密だと思いますが(笑)、どのように入力→出力されるのでしょうか。
柿本 簡単にいうと、文字情報です。
例えば「DNA」というワードを挙げて、「燃えるようなDNA」「DNAが未来都市を作る」みたいな文字情報を与えると、ネット上に無数にタグ付けされたDNAの情報、「燃える」「炎」というタグ付けから、「発展」「未来都市」みたいなところを入れていく。
逆に「DNAの未来都市」「DNAが発達してできる未来都市」のようなワードでもできます。文字情報の組み合わせで結果が変わっていきます。
文字ではなく、「DNA」の画像だけ自分で選んで、それを文字情報の与え方で変化させていくこともできます。学習のさせ方によって、出てくるものが変わっていきます。
坂田 そうなんですね。CHAT GPTは利用しているので何となくですがわかります。
柿本 1枚の静止画が一番簡単です。それなりのクオリティまで持っていけるのですが、それを動かすのは非常に難しい。
いまオープンになっているAIツールを使っても、MAXで16秒程度しか作れません。
坂田 16秒ですか!
柿本 そうです。今回の映像にはそのツールは使わず、独自で生成しています。
坂田 フィルム時代は高温現像をしたり、プリントするまで上りがわからなかった多重露光や、リスフィルムなど、不確実なケミカルの要素を表現に取り入れていましたが、現在ではAIが新たに手法として加わったのかもしれないですね。
映像だけでも50分だと、特にキヤノンギャラリーSは時間を作って見て頂きたいですね。
柿本 長いので、50分フルじゃなくても大丈夫です(笑)。途中で断片的に見ても楽しんで頂けると思います。
坂田 キヤノンギャラリーSの展示はほぼ新作とのことですが、普段からカメラを持ち歩いているのですか?
柿本 普段も持ってますね。後は「撮りに行こう」と決めた時に集中して撮影はしています。新作については、キヤノンのEOS R5とレンズ何本かを持って、ヨーロッパをまわってきました。
この50周年企画では蜷川(実花)さん、浅田(政志)さん、レスリー(・キー)さんと、皆さん個性的な展開をされてきています。その中で自分のアプローチとして最新のカメラの性能を使い切ることよりも、“いま感じたこと”をそのまま写しました。
この写真(上)は「反射」なんです。そのものというよりも、「反射して映ったもの」を撮っています。
これはヴェネチアで撮った「Trimming」シリーズの延長です。「ありのまま」なんだけれど、ちょっと切り取り方の視点を変えています。
ヴェネチアはビエンナーレがあったり、ショーやパフォーマンスが盛んじゃないですか。そこにチラシが何十年も貼られては千切られ、貼られては千切られている壁があって、それを撮影しました。「表現の歴史」がものすごく重なっている場所なんです。
坂田 そうなんですね。時間が凝縮されている感じがします。
柿本 千切れてはいるものの、よく見ると全部オシャレなデザインなんですよ。
坂田 今のカメラはみな高性能で、AFも速くて正確ですし、手ブレ補正も効いて誰もが綺麗で失敗のない写真が撮れますよね。その一方、SNSもそうなんですが、クッキリでギラギラした写真が多く上げられていて、個人的にお腹いっぱいです。
柿本 曖昧なものが許されない、理解されづらい時代だと思います。
情報とか言葉で説明できることで埋めすぎちゃって、CMを作っていても、そこに置いてあるものを指して、「このペットボトルに何の意味があるんですか?」って、聞かれる。でもペットボトル自体にそんなに意味はないんですよ(笑)。
坂田 話は変わりますが、最近柿本さんが気になっているもの、刺激を受けていることはありますか?
柿本 ここ3年くらい、「With My Eyes」というプロジェクトがきっかけでロービジョンの方々と会話をする機会があります。ソニー製のカメラに、このプロジェクトで作っている「QD LASER」という網膜にレーザーで直接映像を投射するという装置で、”見えづらい”を”見える”に変える活動です。
それでロービジョンの方々にそのカメラを持ってもらって、気になるものを撮ってもらうという活動を続けています。
With My Eyes「ロービジョン者による写真撮影」/QD laser inc.
僕はその仕事を通して、ロービジョンの人たちと会話をします。製品を作っている方々は、目が見えるようにしてあげたいという思いがあるわけじゃないですか。ただ目が見えることがいいことなのかどうかは、本人しかわからない事だと思っているので、突っ込んだ話をします。
究極の質問として「目が見えるようになってよかったですか?」「目が見えた頃に戻りたいですか?」とお聞きします。でも全員「今のままでいい」って言うんです。
坂田 えっ、そうなんですね。
柿本 皆さん心のキレイな方ばかりで、目が見えないからこそ、人のことをビジュアルで判断しない(できない)ので、“相手の心”を感じようとする。「見えるようになれば、それはそれで楽しいだろうけど、色々見えすぎちゃっても怖いから、今のままでいいかな」という子供がいたりとか。
「足るを知る」というか。敢えて見えないことの豊かさとか、美しさってあるなって思ったり…。アウトフォーカスの写真は、そういう経験から生まれてきています。
ガラス作家、三嶋りつ惠さんとのコラボレーション
柿本 三嶋りつ惠さんという、ヴェネチアを拠点に活動されているガラス作家の方がいらして、りつ惠さんの作品とコラボレーションして写真を撮ろうと思っていて、ヴェネチアの工房に1週間ほど伺いました。
早朝からガラス作品を制作する現場で撮影をしたり。ガラスも写真と近くて、一瞬で決まる。熱せられたガラス材料から大人の男性が数人がかりで回して形を整えていきますが、そこから先の造形作業は刹那なんです。
ムラーノ島という、ガラス職人が集う工房に朝6時頃から行って、午後3時頃にはヴェネチアに戻ってきます。工房での取材が終わると、カメラを持って街を散歩しながら撮影しました。
りつ惠さんと食事をしながら、「あなたは何をやっているの?」と聞かれるので、僕がやっているサッカーのCMとか色々見せると、「これいいなじゃない」って、褒められるんですよ。でも「これは広告(受注仕事)だし、そう言われてもなぁ」と少し戸惑っていると「これがあなたじゃない!」と。
今は自分のWebサイトでも「写真」とか「フィルム」とか、分けて見せていますが、カテゴライズすることで自分に言い訳をしていた感じもある。「広告だから、こういう風にやっている」とか。分けることで、鑑賞者にとってわかりやすくしているつもりもありましたが、もう1周したから、そろそろジャンルで分けるのはいいかなと。
これまでは名刺に肩書きを書いていたんですけど、肩書きを一切なくしたんです。この名刺はヴェネチアで何代も続いている活版の印刷屋さんで作りました。坂本龍一さんもこの工房で作られていて、1枚1枚手刷りです。
坂田 究極にシンプルですね。ここまで潔い感じはなかなかないです。
柿本 これでいいかなって(笑)。
坂田 話が少し戻りますが、この展示に使用したカメラはキヤノンが多いのですか?
柿本 今回の展示はキヤノンEOS R5が9割、銀座や大阪の過去のものはライカや8×10のフィルムだったり、後はフェーズワンで撮ったものとか、色々混ざっています。ただプリントは全てキヤノンのプリンターで出力しています。
「As is」展は、今の自分の気分をそのまま表している展示です。キヤノンギャラリーSと、銀座、大阪は違う内容になっているのと、特に品川は映像作品もあるので、お時間あればそれぞれを楽しんで頂きたいです。
キヤノンギャラリー50周年企画展
柿本ケンサク写真展「As is」
キヤノンギャラリー S
会期:2023年11月24日〜2024年1月15日
キヤノンギャラリー 銀座
会期:2023年12月12日〜12月27日
キヤノンギャラリー 大阪
会期:2023年12月12日〜12月27日
柿本ケンサク
多くの映像作品を生み出すとともに、広告写真、アーティストポートレートなどをはじめ写真家としても活動。2021年大河ドラマ「青天を衝け」メインビジュアル、タイトルバックを演出。監督を務める映画「恋する寄生虫」が公開。また現代美術家としても多くの写真作品を国内外で発表。国際美術展「水の波紋2021」に選出。2022年夏「―TIME―音羽山清水寺」展を開催。浅間国際フォトフェスティバル2023PHOTO MIYOTAに出展。
https://kensakukakimoto.com/