桜も散り、新緑の季節になってきた。
気温も暖かく、春らしい陽気なのだが、心は重い。
3月12日、蓑田圭介さん(享年61歳)、3月22日、伊藤之一さん(享年56歳)が逝去された。
お二人ともまだ若く、現役バリバリのフォトグラファーであり、近い将来「名匠」と呼ばれる方々であった。それがこのひと月の間に逝ってしまわれるとは…。
個人的には広告写真界の中で、宮本敬文さんが亡くなられた以降の大きな衝撃となって、自分に覆いかぶさっている。
蓑田さんの仕事としては、サントリー プレミアムモルツの「神泡」が有名だが、「アサヒ スーパードライ」「エビスビール」「コカ・コーラ」ほか、特にシズルやハイスピード撮影に卓越した方だった。
伊藤さんは、POLAやFANCL、CLARINS、SHISEIDOなどのコスメを中心に、家電製品から車まで“精美な空気感”をもった写真が特長。一方「入り口」「テツオ」「電車カメラ」「凸(トツ)」ほか、多くの作品集制作や写真展を開催し、作家としても精力的に活動されていた。
伊藤さんとは20年以上のお付き合いになるので語りつくせないが、少しだけ振り返ってみた。(以下は個人的な話もあるので、坂田の伊藤さんとの思い出話として、読み飛ばして頂いてもかまいません。記事アーカイブのリンクを一番下に貼り付けておきます)
私がまだ「コマーシャル・フォト」編集部の時代、伊藤さんは新刊が出ると「坂田さん、こんな写真集作ったので観てください!」と、編集部に本を持ってこられました。
昔の伊藤さんは、ラーメンの食べ歩きが大好きで、(実際にコンビニに置かれているようなカップラーメンのシズルも仕事で撮影されていた)いまよりもふっくらしていた。
編集部に来られる時はいつも汗をかいていて、ハンカチや時にはタオルでひたいを拭き拭き、「いや〜暑いですね」と、笑いながら話をしていました。
伊藤さんは、元々博報堂フォトクリエイティブ(現 博報堂プロダクツ)出身で、基本は「The 広告」のフォトグラファー。技術的なことはフィルム時代から習熟されており、その技術と伊藤さん自身の興味が相まって、「作品」が生まれていた。
広告写真にはコンセプトがあり目的がある。伊藤さんの個人作品(Personal Work)にも、常にテーマやコンセプトがあり、それをひとたび決めると、「ものすごい集中力」で没入し、そのテーマに沿った写真を、完成度高く積み上げてしまう。
「僕は広告カメラマンであり、作家ではありません」。
いつも伊藤さんが謙遜して言われていた言葉だ。
でも「作家」も「写真家」も自称するものではなく、している仕事や発表している作品、大袈裟に言うならばその人の「生き様」を見て、第三者が判断するものだと思っていて、そういう意味で、伊藤さんは写真家であると私は思っている。
新刊写真集を出される度に私も取材をしていて、撮影時の苦労話や「原稿には書けない恐ろしい体験?」等も色々伺いつつ、いつも会うと2時間くらいあっという間に経ってしまっていた。
「SHOOTING」立ち上げ後
私は2011年、東日本大震災の年に独立し、株式会社ツナガリを6月に設立。7月7日に「SHOOTING」を立ち上げた。
伊藤さんには独立前のタイミングで、私の宣材写真を撮って頂いていた。「坂田さん、独立すると色々な場面で顔写真が必要になってくるので、僕が撮りますよ」。
当時、伊藤さんはスタジオD21内に事務所スペースを借りられていたこともあり、同スタジオでライトを組んで撮影して頂いた。これは今でも大切にしている。
「伊藤之一写真事務所」のWebサイト制作
実は、「伊藤之一写真事務所」のWebサイトは、ツナガリで制作を受注している。2012年、「今の個人サイトがあまりいい感じではないので作り変えたい」と相談を受けたのがきっかけ。伊藤さんは仕事とパーソナルワーク(作品制作)2本の柱があるので、それをどのように見せるかがポイントだった。
Webデザイナー含め、打ち合わせをしながら制作。その当時のWebサイトも、2019年にリニューアルした現在のWebサイトも、気に入って頂いていたのがとても嬉しい。
連載コラム
伊藤さんには2013年から2017年にかけて「SHOOTING」サイト内で、連載コラムを執筆して頂いた。こちらの記事もアーカイブとして残っているので、お時間ある方はぜひご覧ください。
光遊カメラ(旧サイト)
http://old.shooting-mag.jp/column/yukikazuito/
写真家の本能というべきか、「瞬間的に光を捉える力」がすごくて、「被写体」「光」「構図」が素晴らしかった。
そこから紡ぎ出される言葉も、シンプルに写真や被写体への思いが綴られていて、伊藤さんらしいやさしさとユーモアが伝わってくる。このコラムを読むだけで、一写真家が日々どういう感情で写真と向き合っているのかが見えてくるはずだ。
一般の人にはあまりわからない事かもしれないが、商業写真の業界において、まだ若い伊藤さんと蓑田さんロスの影響は、とてつもなく大きい。
「落ち込んでばかりもいられない」、と自分を鼓舞しながらも、やはり個人的にはまだお二人のことを思い出してしまう。おそらくお二人と繋がっていた人それぞれが「大切な思い出」と「やるせない思い」を抱えていらっしゃるのだろう…。
お二人のご冥福をお祈りすると共に、いま生きている自分が、“生をまっとうしていこう”と心に誓う。
坂田大作
伊藤さんに関しては「SHOOTING」でいくつかインタビューや撮影現場を取材をしたものがアーカイブとして残っているので、こちらもご覧になってください。
フェーズワンP40+:中判デジタルのワークフロー(旧サイト)
http://old.shooting-mag.jp/interview/creator/yukikazuito.html
ハイライトをアクセントにしながら、より印象的にクリームのシズルを表現する(旧サイト)
http://old.shooting-mag.jp/interview/creator/yukikazuito3.html
伊藤之一「Light of the Ring」(青幻舎刊)インタビュー
https://shooting-mag.jp/interview/2685/
SHOOTING編集長・フォトプロデューサー
坂田大作
Web Magazine「SHOOTING」編集長。株式会社ツナガリ代表。フォトディレクター、エディター、プロデューサー。
Webサイトを運営する傍ら、書籍「SHOOTING PHOTOGRAPHER + RETOUCHER FILE」を12年連続で発行。アマナトークラウンジや、日本最大の写真イベント「CP+」で毎年多くのステージを企画・登壇するなど、「写真」を軸に、ウェブ、出版、トークイベント等、メディアの垣根を超えて活動している。
2021年11月より、写真家らと組んで「NFT Art作品」の販売をスタート。「普遍的な作品の価値」を追求している。
https://shooting-mag.jp/
https://shooting-nftart.com/