テリー・オニールは、1938年英国のロンドン生まれ。彼は約50年以上に渡り、音楽、映画、政治経済、アート、スポーツなどの分野で活躍する人物を世界中で撮影してきた。
極めつけは1990年にバッキンガム宮殿で撮影した英国エリザベス女王のオフィシャル写真。王室からの仕事依頼は、まさに英国を代表する写真家であることの証といえるだろう。テリー・オニールは、このような長年にわたる広範囲の分野での仕事により、戦後の民主的社会をポートレート写真で定義してきた写真家だと言われている。
テリー・オニールの華麗な写真家キャリアは偶然に始まった。もともとはジャズ・ドラマー志望で、将来ニューヨークに渡って音楽の道に進むことを夢見ていた。彼はその足掛かりとして、BOAC(現在の英国航空)でスチュワードの職につく。航空会社だとニューヨーク勤務があるだろうと単純に考えたからだという。
しかし同社が彼に与えたのは、ヒースロー空港で起こる様々なシーンを写真で記録する仕事だった。会社の指示で撮影技術の習得のために写真専門学校にも通っている。ある時、彼はピンストライプのスーツを着る風変りな男性がカラフルな服装のアフリカの高官の一団の間でうたた寝している姿を空港ラウンジで撮影する。
実はその初老の紳士は当時最も影響力のあった英国副首相兼国務長官のラブ・バトラー(Rab Butler)だった。オニールが「ただのおかしな 1枚」と考えた写真は新聞の1面を飾るスクープとなる。1959年、彼はこの写真がきっかけで新聞社デイリー・スケッチのスタッフ・フォトグラファーに転職する。
当時の写真界の主流はフォトジャーナリズムだった。一流写真家は戦争や貧困などの極端な環境でのドキュメントを行っていた。1枚の写真で人々に様々な情報を伝えようと競い合っていたのだ。テリー・オニールも、当然この写真界の流れの影響を受けている。彼が尊敬する写真家はフォトジャーナリズムの歴史に功績を残したユージン・スミスだという。しかし、テリー・オニールは、世界のダークサイドではなく、幸福で華やかなシーンを対象にドキュメントを行ったのだ。
彼はユージン・スミスのドキュメンタリー撮影の流儀を、セレブリティー、ミュージシャン、アーティスト、モデルなどのポートレート写真に取り入れた。彼は撮影前に、被写体と行動を共にして信頼関係の構築に苦心する。相手がカメラを意識しなくなり自然な表情を見せたときに撮影を行うのだ。
成功の秘訣について 「被写体の前で自分の存在を消すことだ」と明かしている。これは相手に写真家やカメラを意識させなくするという意味だろう。これが実践できたのは、彼の生まれ持った性格も影響していると思われる。2015年、私は東京での個展の際に本人と会うことができた。世界的な有名写真家に関わらず、誰に対しても偉ぶる態度が全くなかったのが印象に残っている。たぶん世界的な有名人の撮影時でも、同じように自然な態度で相手に接し、被写体のいままでに見られなかった内面を引き出したのだろう。
1960年代、テリー・オニールは音楽、映画、ファッション界の新しいアイコンを見つけて、自らのスタイルで写真を撮り続けた。彼は ザ・ビートルズとザ・ローリング・ストーンズを新聞と雑誌のフロントページで紹介した最初の写真家となる。
当時の交友関係にはミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン、エリック・クラプトンなどが名を連ねていた。彼の写真は激動する60年代をとらえるとともに、そのヴィジュアルで時代の気分も作り上げてきたのだ。
テリー・オニールのヴィジュアルは、クールで動きがあることで知られている。その写真スタイルを特徴づけたのが35mmカメラの使用だった。当時のポートレート写真は、まだ大型カメラによるスタジオ撮影が主流だった。彼は携帯可能な小型カメラを使用して、ストリートに出て当時のポップ・カルチャー・シーンを新しいドキュメンタリー・スタイルで撮影したのだ。その後、オニールの才能は、米国映画界でも高く評価される。
フランク・シナトラ、オードリー・ヘップバーン、ラクエル・ウェルチ、ポール・ニューマン、エリザベス・ テイラーなど、多くのハリウッド・スターから指名を受けるようになる。 彼は、アルバム・カバー、映画ポスター、ファッションとともに、タイム、ライフ、ヴォーグ、パリ・マッチ、ローリング・ストーンなどの雑誌、新聞の仕事を行う。またショーン・コネリーからダニエル・クレイグまで、50年に渡り007・ジェームス・ボンド映画の写真を撮った唯一のカメラマンとしても知られている。
2011年、テリー・オニールは写真芸術への継続的な貢献が認められ、英国王立写真協会より 権威あるセンテナリ―・メダルを授与される。いまや彼の作品は時代性を切り取ったア―ト作品だと認識されている。デビッド・ベイリー、ブライアン・ダフィー、テレンス・ドノヴァンとともに、戦後英国を代表するファッション・ポートレート系写真家と高く評価されている。作品は、ファイン・アート・オークションで頻繁に取引されるとともに、世界中の主要な美術館とアート・ギャラリーで展示・コレクションされている。
テリー・オニールは今年7月に80才になった。いまやデヴィッド・ボウイなどの親しかった多くの被写体たちは亡くなっている。彼は、新たな視点からの過去の作品の再評価が必要だと意識するようになったという。ここ数年にわたり、写真家本人と専門家により膨大な作品アーカイブスの本格的な調査と見直し作業が行われた。その過程で、20世紀後半期の音楽界や映画界の貴重な瞬間をとらえたヴィンテージ・プリントが数多く発見されたという。それらにはザ・ビートルズ、デヴィッド・ボウイ、フェイ・ダナウェイ、オードリー・ヘップバーン、ショーン・コネリー、エリザベス・テーラーなどの未発表写真が含まれている。
2018年の秋、アーカイブスの整理が終わり、未発表作が写真集“TERRY O’NEILL : RARE AND UNSEEN”として刊行される。同書刊行によって、私たちは時代を象徴する数々の名作が生まれた背景を初めて垣間見ることができるだろう。
写真集“TERRY O’NEILL : RARE AND UNSEEN”
ACC Publication Group, 2018年刊
ハードカバー:224ページ、サイズ 31.8 x 31.8 cm、多数の図版を収録
(サイン・プリント付き、スリップケース入りの限定300部の特装版も刊行予定)
BLITZ GALLERY
福川芳郎
ブリッツ・インターナショナル代表。金融機関勤務を経て1991年にアート写真専門のブリッツ・ギャラリーをオープン。写真展やイベントの企画運営、ワークショップやセミナーの開催など、アート写真に関する多様な業務を行っている。1999年にアート写真総合情報サイト『Art Photo Site』を開設。写真市場の動向や写真集の情報を提供している。共著に『グラビア美少女の時代』(集英社新書ヴィジュアル版、2013年刊)、編著に『写真に何ができるか』(窓社、2014年刊)。著書にアート写真集ベストセレクション101(玄光社、2014年刊)がある。