gallery bauhausは、2016年ギャラリー開設10周年を迎え、「プラハ年」と題した写真展―プラハを撮影した5人の写真家の展覧会―を順次開催している。
その第4弾として、田中長徳写真展「PRAHA Chotoku 1985・2016」を開催する。

現地にアトリエをかまえ、約30年の間プラハと深いかかわりを続けてきた作者の集大成ともいえる写真展。最初に訪れた1985年夏と、最後に訪れた2016年冬の写真を展示する。
モノクローム(ゼラチン・シルバー・プリント)作品約40点で構成。

ステートメント
あたしの経歴でプラハ六区にアトリエがあったのは1989-2014とあるが、これはビロード革命が起こって四半世紀が経過して記念行事があった年をそのまま引き写したものである。どんな革命でも四半世紀が過ぎればまず一段落というものだ。
実際にはその数年前からプラハに住んでいた。その当時の話は文芸誌「新潮」に二年間連載され、その後単行本「屋根裏プラハ」になった。
今回のギャラリーバウハウス10周年の「プラハ年」はオーナーの小瀧さんが昨年夏にプラハに滞在したことがシリーズ展の直接のきっかけになっている。
世界はミロスラフ・クベシュという哲学者の眼を持つ写真家を発見した。偉大な発見だ。「プラハ年」は、彼の仕事が中核になっている。
今回、あたしは1985年夏と2016年一月のプラハを展示する。1985にプラハは未曽有の市内大改築をした。敷石は掘り返されまるで内戦のような風景だった。その四年後のビロード革命などは予知するはずもなかったが、あたしは旧市街を何かの天啓を聴いたように撮影した。
尊敬するヨセフ・スデクの中庭のアトリエも主のないまま残っていた。スデクの庭と住まいは今回初めて展示される。
思えば1985のプラハは「変身の為の準備」をしていたのだ。
2016の冬は珍しい雪景色だった。
実はあたしの人生の時間割ではもうプラハにはゆかないつもりだった。あたしは二十代から七十近くまで深情けの悪女、プラハに深入りし過ぎたのである。
一月のプラハへの旅は小瀧さんの勧めもあり実行したが、雪景色は過去三十年を回想するにぴったりだった。
革命当時、友人がハベル大統領の友達だったので丘の上の王宮の大統領府にいったこと。その大統領閣下をカフェで見かけたらどっかの大学教授みたいに見えたこと。ベラ・チャスタフスカさんにインタビューしたことなどなど忘れられない。
今回の写真展はあたしの「プラハ三十年」の終了宣言でもある。
あたしはもうプラハには行かない。
その理由いまここでは書きたくない。
 
田中長徳
1947年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。日本デザインセンター勤務を経てフリーランス写真家となる。1973年から7年間ウィーンに滞在。日本人写真家の巡廻展「NEUE FOTOGRAFIE AUS JAPAN」に参加。文化庁派遣芸術家として、MOMA(ニューヨーク近代美術舘)にてアメリカの現代写真を研究。個展多数。『銘機礼賛』『屋根裏プラハ』『LEICA,My Life』など著書は125冊に及ぶ。
  

展示会風景


 PRAHA 2016 ©Chotoku Tanaka
 

展示会情報

ギャラリー・バウハウス
http://www.gallery-bauhaus.com

ギャラリー名
ギャラリー・バウハウス
住所
東京都千代田区外神田2-19-14
開館時間
11:00~19:00 日、月、祝日休
入場無料
アクセス
JR、東京メトロ(丸の内線)御茶ノ水駅下車 徒歩6分